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名古屋地方裁判所 昭和50年(行ウ)14号 判決 1977年5月09日

原告 浅野郁郎

被告 名古屋市教育委員会

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告が原告に対し、昭和四八年四月一日付をもつてなした名古屋市立円上中学校への転任処分を取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

本案前の答弁

(一)  本件訴を却下する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

本案に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

(原告の主張)

一  本件転任処分

原告は教諭として被告に任用されて以来名古屋市立志賀中学校(以下「志賀中」という)に勤務していたところ、被告は原告に対し昭和四八年四月一日付をもつて名古屋市立円上中学校(以下「円上中」という)へ転任を命ずる旨の処分(以下「本件転任処分」という)をなした。

二  本件転任処分の違法性

本件転任処分は以下にのべるとおり違法である。

(一) 教育地方公務員たる原告と、任命権者である被告教育委員会との関係は基本的には対立当事者間の労働契約関係である(労働基準法(以下労基法という)九条、八条一二号、一六号、地公法五八条三項)と解すべきところ、労基法一五条、同法施行規則五条一項の趣旨からして、原告の勤務場所は、初任地を志賀中とされた時点において、勤務場所は志賀中と特定され、それが労働契約の内容となつているのであり、加えて職場は労働条件の重要な要素であることからすれば、教育公務員の転任処分は当然に労働条件の変更となるから、被告の一方的自由裁量行為に委ねられるべき性質のものではなく、原告の同意が必要不可欠である。

そして、原告の所属する名古屋市教員組合(以下名教組という)と被告との間に転勤について本人の同意を要しない旨の合意も存しない。

従つて、原告の同意なくして、一方的になされた本件転任処分は違法である。

(二) 仮りに以上の主張が理由なく、教育地方公務員と任命権者である被告との関係が労働契約関係ではなく、転任につき本人の同意を要しないとしても、本件転任処分は、地公法二四条六項に違反する。すなわち、地公法二四条六項は「職員の給与、勤務時間、その他の勤務条件は条例で定める」と規定しているが、転任も重要な勤務条件であるから、当然に条例を制定すべきであり、その内容は教育地方公務員の利益を十分に保護したものでなければならない(地方公務員は公務員であるが故に争議禁止等の種々の権利制限を受けているから、その代償措置の一環として右のように解すべきである)。

特に教育地方公務員については教育基本法六条二項(教員の身分の尊重)、一〇条一項(教育権の独立)、二項(教育行政の条件整備性)の規定により他の地方公務員より強い身分保障が要請されているのである。

従つて、教育地方公務員の転任については例えば転任の際本人の意見を聞くなどの本人の利益を保護する内容を含んだ明確な転任基準を条例で設けその条例に基づいて行うべきである。

しかるに、本件転任処分はかかる条例を定めずしてなされたものであるうえ、原告の利益を保護する配慮を欠き、現に原告は本件転任処分により通勤時間も長くなるなどの不利益を受けているのであるから本件転任処分は地公法二四条六項に違反し違法である。

(三) 仮に右(二)の主張が理由なく、転任につき条例の制定を要せず被告の裁量権に委ねられているとしても、前述の如く教育基本法六条二項、一〇条一項、二項は教育公務員に対して一般労働者及び一般公務員以上の身分保障を規定しているのであるから、被告の右裁量権は右法条による制約を受け、(イ)当該教育公務員の教育活動を過度に阻害するもの、(ロ)当該学校の教育活動全体を過度に阻害するもの、(ハ)教育活動を助長し教育効果を高めること以外の目的でなされるもの、(ニ)本人の意見を聞きその納得を求める手続きをふまない不意転(本人の意思に反する転任)特に最初から不意転を予定して立てられた人事異動計画の一環としてなされる不意転、以上は裁量権を逸脱したものとして違法となるところ、本件転任処分は志賀中では担当学年持ち上がり制が行なわれ、原告は二年生担任であるから、この生徒が卒業するまでは転任を考えないと志賀中校長や教職員課長に対し明言しているうえ、措置要求申立中であるため転任を拒否していた原告の意思を無視し、不意転を予定した人事異動計画に基づいて行なわれたものであり、前記(イ)(ニ)に該当するから裁量権の範囲を著しく逸脱した違法が存する。

(四) また、本件転任処分は原告の措置要求権に対する権利侵害であるとともに地公法五六条に違反する違法がある。

すなわち本件転任処分は、原告が訴外名古屋市人事委員会に対して申立てた勤務条件に関する措置要求が同委員会に昭和四七年人委(措)第一号事件として係属中になされたのである。もつとも、右措置要求に対する判定は昭和四八年三月三〇日になされ、判定書は翌三一日に原告に送達されたのであるが、これより先、被告は、同年一月一八日及び二月二八日に原告に転任勧告をなし、同年三月二八日には、原告の転任先を新聞に発表したりしたのである。従つて、これら被告の所為は地公法六一条五号(措置要求故意妨害の罪)同法六二条(違反行為の企画、命令、容認、教唆、ほう助の罪)に該当する。

また原告は本件転任処分の結果本件判定に対する取消訴訟の原告適格を剥奪された。

さらに原告の右措置要求申立ては、原告が所属する名教組の執行部及び志賀中分会委員会が措置要求を申立てることをしなかつたため、やむを得ず個人で申立てたものであり、その結果一定の成果を得ており、本来あるべき組合運動の姿を具現したものである。よつて本件転任処分は組合活動上の不利益をもたらすと共に団結権をも侵害し、地公法五六条に違反する不当な処分である。

(五) なお、ILO・ユネスコの教師の地位に関する勧告(一九六六年ユネスコにおける特別政府間会議)四五条は「教職における雇用の安定と身分保障は教員の利益にとつて不可欠であることはいうまでもなく、教育の利益のためにも不可欠なものであり、たとえ学校組織、または学校内の編成に変更がある場合でも、あくまで保護されるべきである。」同四六条は「教員はその職業的身分ないし経歴に影響する専断的行為から十分保障されなければならない。」と教員の身分保障について述べており、その意とするところは我が国の教育関係法規の解釈にも十分取り入れられるべきであり、原告の主張の正当性は、右勧告によつても裏付けられている。

三  本訴提起に至る経過

原告は昭和四八年五月三〇日地公法四九条の二及び名古屋市人事委員会規則第七号(地公法五一条に基づく不服申立に関する規則)第五条により訴外人事委員会に対し審査請求をしたが、同委員会は昭和四九年一〇月二四日付、一一月五日到達の判定書を以つて審査請求を棄却したので、原告は昭和五〇年一月二三日付で同規則第一五条により同委員会に対し再審の請求をしたが、同委員会は同年二月一三日付同月一八日到達の決定書を以つてこれを却下した。

よつて、原告は被告に対し本件転任処分の取消しを求めるため本訴に及んだ。

四  被告の本案前の抗弁については次のとおり主張する。

(一) 被告は本訴が行訴法一四条一項に定める出訴期間経過後に提起された不適法な訴である旨主張するけれども、名古屋市人事委員会規則第七号一五条は不利益処分の審査請求事件において判定に同条所定の事由が存する場合は再審を請求することを認め、人事委員会は審査の結果再審事由があると思料するときは最初の判定がなかつた状態に手続きを戻して改めて審査する旨を定めているのであるから、本件の如く人事委員会の判定を不服として更に再審を請求した場合においてはこれに対する裁決のあつたことを知つた日すなわち本件においては再審請求が却下され原告が右決定書を受領した昭和五〇年二月一八日から出訴期間が進行するものというべく、同年五月九日に提起された本訴請求はこの点なんらの瑕疵はなく適法な訴であることは明白である。

(二) また被告は本件転任処分は行訴法三条二項にいう処分に該当せず取消訴訟の対象たり得ない旨主張するが、原告は右処分により志賀中教諭としての地位と権利を奪われたのであるから、原告の権利関係に変動を及ぼしたものというべく取消訴訟の対象となる。

(被告の主張)

一  本案前の抗弁

(一) 本件転任処分の審査請求に対する訴外人事委員会の棄却判定がなされたことを原告が知つたのは、昭和四九年一一月六日である。

右判定は行政事件訴訟法(以下「行訴法」という)一四条三項所定の裁決であるから原告の本訴請求は同条一項の規定に従い原告が右判定のなされたことを知つた日から三ケ月以内(昭和五〇年二月六日まで)に提起されるべきところ、本訴請求は右出訴期間経過後である昭和五〇年五月九日に提起されたものであるから不適法として却下されるべきである。

なお、原告は右判定に対し訴外人事委員会に再審請求をしているが、この再審請求は訴訟提起期間の起算日を延期するものではない。

(二) 仮に右主張が認められないとしても、行訴法三条二項に規定されている行政庁の処分その他の公権力の行使(以下「処分」という)とは被処分者の権利義務に影響を及ぼすものでなければならないところ、本件転任処分は配置換えであり、しかも名古屋市内に所在する学校間の異動で給与その他の勤務条件は変わらず原告の権利義務に何らの影響も及ぼさないのであるから同条項に規定する処分に該当せず司法審査の対象とならず、本訴は不適法として却下を免がれない。

二(一)  原告主張事実中第一、第三項の事実及び原告が昭和四八年一月一八日及び二月二八日志賀中学校長より転任勧告を受けたこと、原告は右転任勧告に対して転任の意思がないことを表明していたこと、及び原告主張の措置要求につきその主張の日時に判定がなされたことは認め、その余は争う。

(二)  本件転任処分の適法性

(1) 被告は学校の職員の任命その他の人事に関することについて管理執行することができる(地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条三項、三七条、五八条)ところ、転任処分は任命権者が任命権の一作用として行政目的達成のためにその権限に基づいて行うことができるものであるから被告が原告に対して転任処分をなしうることはいうまでもない。

そして、大学の学長、教員及び部局長のその意に反する転任については、教育公務員特例法五条が特に大学管理機関の審査の結果によるのでなければならないとしているのに対し、これ以外の公立学校の校長、教員の転任については現行法上なんらの制限規定も設けられていないから公立中学校の教育公務員である原告につき、被告は本人の意思のいかんにかかわらず、これを転任させる権限を有するものであるから、本件転任処分につき本人の同意を要するとする原告の主張は失当である。

原告は、任用の当初において勤務場所は志賀中と特定されていると主張するけれども、志賀中は原告の初任地として発令されたというに過ぎず、当然のことながら、被告の任命権の及ぶ名古屋市立の小中学校が原告の勤務場所なのであり、原告の勤務場所の指定、変更権は、被告の権能に属するのである。

(2) もつとも、被告は転任処分をなすに際しできる限り本人の意思に沿うように努めているが、転任処分対象者全員の意思に沿つた人事異動をなすことは極めて困難であり、人事管理上の必要から個々の教員の意思に反する転任がなされることがあるのもやむを得ないことである。

本件転任処分は後述のように昭和四七年度末教職員人事異動(以下「四七年度末人事異動」という)の一環として行なわれたものであるが、被告は、原告に対して、同四八年一月一八日、二月二八日の二度にわたり志賀中田代校長を通じて永年勤続者に該当するからとの理由を明示して転任先の希望区を聞いたが、原告は転任勧告の撤回を求めるのみで希望区を申出なかつたため、後述の基本方針実施要項等に基づき原告を円上中に転任させることとしたものであるから、本件転任処分は原告の同意なくとも、もとより適法である。

(3) 昭和四七年度末人事異動の基本方針、基準等及び本件転任処分の相当性

被告は昭和四八年一月九日に

(イ) 公正かつ適正な異動を行ない、人事の刷新を図る。

(ロ) 清新の気を流入し、教育意欲の向上に努める。

(ハ) 広く人材を登用し、適材を適所に配置する。

(ニ) 積極的に学校間における教職員構成の均衡を図る

との昭和四七年度末教職員人事異動基本方針(以下「異動基本方針」という)を決定し、右目的達成のため、教員の転任に関し、資格、勤務状況、指導能力、在職年数等により転任を必要と認められる者については配置換えを考慮することとし、昭和四七年度末教職員人事異動実施要項(以下「異動実施要項」という)として立案した。

そして、右異動実施要項の具体化のため、在職年数については小中学校とも同一校に一二年以上(C群の学校については昭和四七年度末一一年、四八年度以降は一〇年)勤務している者(以下「永年勤続者」という)は配置換えすることとし、これを他の細目とともに昭和四七年度末教職員人事の具体的進め方細目(以下「人事の細目」という)として定め、昭和四八年一月一八日に各小中学校長宛に配布した。

ところで、原告は昭和三六年四月一日からB群に属する志賀中に勤務し昭和四七年度末で一二年間同一校に勤務していることとなるため、右人事の細目に定めた永年勤続者に該当する。

そこで被告は四七年度末人事異動の一環として全市の中学校の理科担当教員の欠員状況(原告は志賀中において理科を担当していた)、及び各学校における教員の男女別・年齢別構成をも考慮して本件転任処分をなしたものである。

なお、右永年勤続者に該当する者でも、被告において、当人の年齢、退職予定、健康状態を審議し、その結果転任させなかつた例も若干あるが、原告はその審議対象に該当しないと被告において判断した。

以上のとおり、本件転任処分は四七年度末人事異動の一環としてなされたものであるが、異動基本方針、同実施要項及び人事の細目等明確な方針、基準に従い、かつ、前述の諸要素を勘案したうえ、前述したとおりの手続を経てなされた本件転任処分は極めて適正かつ妥当である。

(4) 本件転任処分と原告の教育活動阻害の有無

原告は志賀中では二年生担任であり本件転任処分により引き続いて三年生担任となることができなくなつたが、それは転任処分に伴い通常起り得るやむを得ないものであり、そのため本件転任処分が原告の教育活動を阻害するということはできない。

すなわち、本件転任処分は全市的な視野にたつて行なわれたものであるが、個々の教員の担任する学年によつて転任が制約されるならばかえつて教員の転任処分の目的とする教育効果の向上等が阻害されることになるからである。

なお、原告が志賀中で担任していた二年六組は三年になれば組分けされるので、仮に原告が志賀中に引き続いて在籍したとしても同じ生徒をそのまま担任できるわけではない。

(5) 原告の措置要求との関係について

原告は志賀中における諸施設の新設、改善を求めて訴外人事委員会に措置要求の申立をしていたところ、被告は同要求に対する判定がなされる前の昭和四八年三月二八日付新聞(夕刊)に原告の円上中への転任予定を発表した。

しかし、そもそも任命権者たる被告は措置要求の申立の有無にかかわらず転任処分を行うことができるものである。すなわち、仮に措置要求申立中であるため転任処分をすることができないとするならば、かえつて転任の目的とするところに反し、被告委員会の任命権を害し、人事全体からみて不合理となるからである。

なお右措置要求に対する判定は原告主張のとおり本件転任処分が発令される前の同年三月三〇日になされている。

そして、本件転任処分は右措置要求とは無関係に四七年度末人事異動の一環としてなされたものであるから、原告の措置要求妨害罪の主張は認められないし、また措置要求が本来あるべき組合運動の姿を具現したものであるかどうかにかかわらず本件転任処分が地公法五六条の不利益取扱いの禁止に違反するとは認められない。

さらに、本件転任処分により右判定取消訴訟における原告適格を剥奪されたとの原告の主張は、前述のとおり、本件転任処分が措置要求権の侵害にならない以上、理由がないこと明らかである。

なお、原告が主張するILO・ユネスコの「教員の地位に関する勧告」は単に政治的・道義的意義を有するものであり、同勧告は、本件転任処分の効力を左右しない。

第三証拠<省略>

理由

第一被告の本案前の抗弁について

一、被告は本訴請求は原告が本件転任処分についての訴外人事委員会の判定が下されたことを知つた日から三月の出訴期間を徒過した後に提起されたもので不適法であるから却下さるべきである旨主張する。

本件転任処分につき原告が当時施行されていた「不利益処分についての不服申立に関する規則」第五条(名古屋市人事委員会規則第七号)に基づいて昭和四八年五月三〇日訴外人事委員会に対し審査請求をなし、その取消を求めたところ、同委員会は審理の結果昭和四九年一〇月二四日付同年一一月五日到達の判定書を以つて右請求を認めず本件転任処分を承認する旨の判定をなしたこと、そこで原告は更に昭和五〇年一月二三日同委員会に対し規則一五条により再審請求をしたが、同委員会は同年二月一三日付同月一八日到達の決定書を以つてこれを却下したことはいずれも当事者間に争いがなく、原告が本訴を提起したのが同年三月九日であることは記録上明らかであるから、原告の本訴提起は同委員会の本件転任処分を承認する旨の判定の結果を知つた日から三月以上経過した後になされたことは明らかである。

しかしながら、成立に争いのない乙第一号証によれば、同規則は第五節(第一五条ないし第一九条)において再審を規定し、人事委員会の判定に関して第一五条一項所定の事由(判定の基礎となつた証拠が虚偽であることが判明したとき新たな且つ重大な証拠が発見されたとき、判定に影響を及ぼすような事実について判断の遺漏が認められたとき)が存するときは審査請求の当事者は判定のあつたことを知つた日の翌日から起算して三月以内に再審を請求することができ、この請求がなされたときは、人事委員会は請求の期限及び請求の理由等の手続上及び実体上の要件について調査のうえこれら要件に欠けたと認められる場合は、却下し、これら要件に欠けるところがない場合は受理したうえ、職権による再審を開始し、その結果最初の判定を正当であると認めるときはその旨を確認し、不当であると認めるときは、最初の判定を修正し、又はこれに代えて新に判定をなすことが義務づけられていること、以上の事実が認められる。

従つて、不利益処分に関する人事委員会の審査請求手続には、二審制の不服申立の途が用意されているのであり、この二審制の趣旨にかんがみると行訴法一四条四項にいう審査請求に対する裁決とは、当初の審査請求に対する判定のみでなく、再審請求に対する実体上の理由による再審却下決定又は新たな判定をも含む(手続要件欠缺を理由とする不適法却下決定がなされたときは、再審請求が不適法となるから、この場合は含まれない。)ものと解するのが相当である。

ところで、原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証によれば、原告のなした再審請求は人事委員会において調査の上再審事由には該当しないとの実体上の理由で却下の決定がなされたものであることが認められるから、右決定は行訴法一四条四項にいう審査請求に対する裁決にあたるから、本訴の出訴期間は行訴法一四条四項により原告が再審請求に対する裁決があつたことを知つた日(昭和五〇年二月一八日)より三月以内となり、同年三月九日に提起された本訴請求には出訴期間徒過の違法はない。

二、次に被告は本件転任処分は原告の権利義務に何らの影響を及ぼさないから行訴法三条二項にいう処分に該当せず司法審査の対象となり得ない旨主張するので、審按するに、まず原告が名古屋市公立学校(中学)教諭として教育地方公務員であること及び被告はその任命権者であることは当事者間に争いがない。

そこで地方教育公務員の転任に対する法規制についてみるに、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下地方教育行政法という)第三五条により公立学校教員の任命について適用される地公法は、一五条において職員の任用は成績主義によるものと定めるが、同条の任用とは、特定の官職に特定の職員をつけることを意味し、その任用の方法としては、同法一七条一項において採用、昇任、降任又は転任のいずれかの一の方法によると規定している。従つて採用は、職員の身分を有しない者を新たに官職につけることであるに対し、昇任、降任、転任はいずれもすでに職員の身分を有し官職についている者について上位、下位、同一の他の官職に任命する点において異るとはいえ、いずれも特定の官職に任命する行為である点において性質を同じくする。

ところで地方教育公務員の採用、昇任の方法については教育公務員特例法一三条に、降任の方法・要件については地公法二七条、二八条にそれぞれ規定されているのに対し転任については採用、昇任及び降任と異なり、その方法・要件を定めた規定は存しないけれども、転任は、職務と責任を同じくする他の官職に任命することであるから、任命権者の公正な裁量に委ねたものと解するのが相当である。

従つて、転任が任用の一方法である以上行政処分であることは多言を要しない。もつとも、転任が一般的に常に地公法四九条にいう不利益処分に該当すると言えるかどうかについては疑問がないわけではないが、転任が任命権者により一方的に行なわれるものであること、及び転任は当該教職員の身分上の利害に大きく関係することからすると、任命権者の前記裁量権の行使には自ら限界が存するものというべく、擅に行うときは違法となり、かかる転任処分は、同条にいう「その他その意に反すると認める不利益な処分」に当たり、司法審査の対象となると解するのが相当である。

よつて、本件転任処分は行訴法三条二項にいう行政庁の処分に該当し取消訴訟の対象となる。

三、以上のとおり被告の本案前の抗弁はいずれも理由がない。

第二本案の請求について

一、転任処分の法律関係

原告は「(一)地方公務員たる原告と任命権者である被告教育委員会との関係は基本的には対立当事者間の労働契約関係であり転任には本人たる原告の同意が必要である。(二)本人の同意不要としても地公法二四条六項により転任につき教員の利益を保護する内容を含んだ条例を設け、その条例に基づいて行われるべきであるのに、かかる条例は存しない」趣旨の主張をする。

しかしながら地方教育公務員の転任は、行政処分として任命権者の裁量に委ねられていることは前述したとおり(但し大学の学長、教員及び部局長のその意に反する転任については教育公務員特例法第五条が「(大学の)学長、教員及び部局長は大学管理機関の審査の結果によるのでなければその意に反して転任されることはない」と規定しているのが唯一の例外)であり、かつ地公法二四条六項にいう勤務条件の中には、行政処分たる転任処分はその性質に照らし含まれていないと解すべきであるから、原告の右(一)(二)の主張はいずれも採用できない。

二(一)  次に原告は「本件転任処分は二(三)原告の教育活動を過度に阻害し、(四)本人の納得を得る手続をふまず、かつ本人不同意でも強行することを前提とした異動計画に基づきなされたものであり裁量権を逸脱した違法がある」趣旨の主張をするので考えるに、教育公務員については教育基本法六条二項等の規定により他の一般公務員より強い身分保障が定められており、右規定に照らし任命権者の裁量権には社会通念上自ら合理的限界が存するものというべく、例えば教育活動を助長し教育効果を高めること以外を目的とするもの、当該教員に著しく不利益を与えたり、またその教育活動を過度に阻害するもの、当該学校の教育活動を過度に阻害するもの、これら転任処分については裁量権の範囲を逸脱するものとして違法な処分となるというべく、また、本人の意思に反する転任については本人の意思を尊重することが教育効果の向上に資することが大きいことにかんがみできるだけ、事前に本人に対し転任該当者となつた理由を説明したり、転任希望地を聞いたりしてその納得を求める手続をなすことが望ましいことは明らかである。

(二)  よつて、右の見地に立つて本件を見るに、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証、第八号証、乙第二号証の一ないし三、成立に争いのない乙第三号証の一、第四号証の二、証人鳥居大の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の二、第四号証の一、三、第五号証及び証人佐藤朗、同鳥居大の証言ならびに原告本人の供述を総合すれば次の事実が認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

(1) 原告は昭和三六年四月、名古屋市公立学校教員に任用され直ちに志賀中に配属されて本件転任処分を受けるまで引き続き一二年勤務した。昭和四七年度(同年四月から翌年三月まで)原告は二年生を担任し理科を教えていた。

(2) 被告は、昭和四七年度末教職員人事異動を行うため、昭和四八年一月九日被告主張のとおりの異動基本方針を決定し、併せて被告主張のとおりの異動実施要項及び人事の細目を決定した。

(3) 被告が右のような同一校に一定年限以上在籍している者は転任させるとのいわゆる永年勤続者方式を採用したのは昭和三三年ころからであるが、これは名古屋市の人口増加にともない学校数も増加したのに、新設校とか交通の便の悪い周辺校へ転任を希望する教員が少なく、それらの学校に対する教員の適正配置が困難になり、名古屋市全体の学校間に年令構成、経験年数、男女の比率等の不均衡が著しくなつてきたため、これを解消するために採用された措置であり、その内容は市内の全学校をA群(配置困難校=名古屋市周辺校)、B群(AとCの中間校)、C群(交通の便、教育設備のよい学校=都心校)に区分するとともに、教員の同一校における勤続年数にも上限を画しそれを超えたものは現在の群以外の群に転任させることとするものである。そして、その年限は当初二〇年であつたがその後一二年となりさらに昭和四七年度末はC群は一一年とされたが、上限の変更は少なくとも一年以上前から各校長を通じて職員に周知され、原告も自己の勤務する志賀中の年限が一二年であることは従来より知悉していた(ABC群の分類についても取扱い上秘密扱いとされていたが事実上職員間にも諒知されていた)。

なお、名古屋市教員組合も右永年勧続者方式をやむを得ないものとして、積極的に反対意見を表明することはなかつた。

(4) そして、昭和四八年一月一一日、被告は各学区ごとに催された校長会において担当管理主事を通じて各校長に右人事の細目及びこれに関し、校長から教職員全体に指示すべき事項を記載した書面並びに学校群一覧表を配布したうえ、昭和四七年度末人事異動の要領、手続等の説明をし、各校長は、これに基づき各教職員に右人事異動方針、異動要項、人事細目等を示達した。

志賀中においても田代校長より教職員に対して右のとおり説明がなされた。

(5) 同月一八日に至り、原告は田代校長より「永年勤続者に該当するので転任希望区を聞く」との形で転任勧告されたが、原告は転任は本人の希望と承諾に基づいて行うべきものであること、現在二年生を担任しているのでこの生徒らが卒業するまで、また措置要求をしているのでこれに対する判定がなされるまで転任したくない旨答えた(同日、田代校長より原告に対して転任勧告がなされたことは当事者間に争いがない)。

ついで、同年二月二八日に至り、原告は田代校長より再度原告の住居に近い「城山中学はどうか」との転任勧告を受けたが、原告はこれも断り自ら希望区を言うことはなかつた(同日、田代校長より原告に対し転任勧告がなされたことは当事者間に争いがない)。

(6) 被告は全市の学校を各行政区単位に区分し、各行政区を担当する管理主事を置いて、年度末人事異動の際は右担当主事があらかじめ各校長から個々の教員ごとに本人の希望、転任事由の有無及び校長の意見等を聴取しており、原告についても田代校長を通じて、逐一その意見、要望を聞いており、原告が措置要求をしていること、現在担任している二年生を引き続いて担任したい意向であることを踏まえて検討した結果、右の事由では永年勤続者方式の例外には当らないと判断して転任させることとし、原告が希望区を申出なかつたので、原告の現在担当している理科の欠員状況、原告の住居、転任先の学校の年齢別・男女別構成、原告の通勤事情等を考慮して原告を円上中に転任させることとした。

なお被告は永年勤続者該当の全員を転任させるわけではなく、個々に事情を検討したうえ転任させるかどうかを決定しており、昭和四七年度末は全市内の中学において九九名の該当者がいたところ、うち七名を高齢(五六歳以上)との理由で、二名を翌年退職予定との理由で、二名を本人の健康上の理由で転任除外者としたが、原告については前述の通り除外者には当らないと判断した。

また、本件転任処分後の原告の担当科目は従前どおり理科であり、学校群については志賀中はB群、転任先の円上中はC群に属している。そして、原告は昭和九年九月七日生れの当時三八歳であるところ、両校の昭和四七年度と昭和四八年度の教員の年齢別・男女別人数を比較してみると、志賀中においては年齢的には原告の属する四〇歳末満が一番多い九名から六名に減つて各年齢層がより平均化し、男女別にみても男三〇名が二九名に減少し、女一一名が一三名に増加し、円上中においては年齢的には四〇歳末満が二名から四名に増加し各年齢層がより平均化し、男女別にみても男が一八名から一七名に減少し、女が六名から七名に増加している。さらに原告の通勤時間もバスの乗り換えの手間はかかるようになつたがほとんどかわらない。

(7) そこで被告は、同年三月二〇日原告に対し田代校長を通じて「円上中に転任せよ」との内示をした(志賀中校長及び円上中校長からの原告の転任に関する内申書は同月二二日に被告に対して提出されている)。同日、原告は田代校長を通じて被告委員会の鳥居教職員課長に面談を申し込み内示の撤回を求め、ついで同月二二日にも同様内示の撤回を求めたが拒否され、同年四月一日被告は本件転任処分を発令した(同日、本件転任処分が発令されたことは当事者間に争いがない)。

以上認定した事実によると、まず被告のとつた前記異動基本方針及び異動要項は適正かつ妥当であると認められる、次に人事の細目にいう永年勤続者方式は、その目的が名古屋市全体の学校間の教員の質の不均衡を是正し、同市内の生徒の受ける教育の質の均等化を図るためであり、合理性を有するものと認められ、また、その転任手続も各校長を通じて各教員に希望区を尋ねたりその意見を聞いたりしており、手続違反があるとは認められないこと、勤続年数も一二年(C群では一一年)であり教育活動の継続性も十分保障されていること、同年数は一年以上前から各教員に知らされていること、名古屋市教員組合も同方式をやむを得ないものとして容認していたこと、などからすれば、同方式は教育活動を助長し教育効果を高めるためになされた教育行政上必要な措置であり、合理性あるものといえる。

また、本件転任処分は四七年度末人事異動の一環として前記方針、要項、細目に基づき原告が永年勤続者に該当することを理由になされたものであり、本件転任処分によつても原告の担当科目に変更がないこと、志賀中はB群に属し転任先の円上中はC群に属すること、本件転任処分により志賀中、円上中における年齢別・男女別の人員構成が前年度より是正されていること、通勤時間もほとんど変らないこと、内示以前に校長を通じて永年勤続者であるからと理由を明示して希望区を尋ねたり原告の意見を聞いたりしており、手続に欠けるところはないこと、及び学校長の書面での意見具申(内申)は内示の後であるが被告はそれ以前にも口頭で学校長の意見を求めていることなどからすれば、本件転任処分は原告の教育活動を過度に阻害したり、志賀中の教育活動を過度に阻害するものとは認められないし(本件転任処分の結果、原告は現在担任している二年生を引き続いて担任できなくなつたとしても、これは転任処分によつて転任を命ぜられた者に通常惹起するやむを得ない事態であつて原告において受忍すべきものであり原告が引き続いて生徒を担任できなくなつたことが志賀中の教育活動を過度に阻害するものでないこともまた同様である)、本人の納得を得る手続は履践しており、また原告が措置要求をしていたことが永年勤続者方式の例外に当らないとした被告の判断も後述の理由により首肯できるから、本件転任処分は、客観的合理性を有し、被告の裁量権を逸脱しているとは到底認められない。これに反する原告の二(三)(四)の主張はもとより採用できない。

三、次に原告は本件転任処分は(1)地公法六一条五号(措置要求故意妨害の罪)及び六二条(右違反行為の企画、命令、容認、教唆、ほう助の罪)に該当する(2)措置要求に対する判定に対して提起しうる取消訴訟の原告適格を剥奪した(3)地公法五六条(不利益取扱の禁止)に違反する旨主張するので、右主張の当否について以下審按する。

(一)  被告が昭和四八年一月一八日及び二月二八日、田代校長を通じて原告に転任勧告をなしたこと、原告主張の措置要求に対する判定は同年三月三〇日になされたことは当事者間に争いがない。

(二)  原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証、成立に争いのない乙第六号証及び証人佐藤朗、同鳥居大の各証言ならびに原告本人尋間の結果を総合すれば次の事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

原告は昭和四七年二月二四日、当時勤務していた志賀中における「休憩の設備及び休養室、更衣設備、女子教職員用の便所」の設置を求めて訴外名古屋市人事委員会に対して措置要求をした。右措置要求は当時志賀中に勤務していた職員の要望するところでもあつた。

右措置要求の係属中、前記要求事項中女子用便所は設置されたが、その後昭和四八年一月に至り、被告は前記転任勧告をなしたうえ、同年三月二〇日原告に対して円上中に転任せよとの内示をなし、ついで右措置要求に対し、同月三〇日、同委員会は「要求者の要求はいずれもこれを認めることができない」との判定をなし、原告は翌三一日午後二時頃右判定書を手渡された。

(三)  そこで考えるに、地公法四六条に規定する職員の措置要求権は地方公務員が労働基本権を制限されていることの代償として、給与その他の勤務条件についての権利を十分に確保することができるための保障として定められた基本的な権利であるが、措置要求者の個別的具体的利益に直接の関連性がない場合にまで要求権を認めたものとは解されないので、志賀中における諸設備の新設、改善を求める本件措置要求は、原告が円上中に転任すれば、原告は措置要求の本人適格を欠くことになり、措置要求に対する判定について取消訴訟を提起する原告適格もなくなると解される。

原告は、この故を以つて、本件転任処分は地公法六一条五号、六二条にあたる旨主張するけれども、本件全証拠によるも本件転任処分について原告の措置要求を妨害しようとの意図、あるいは原告に対して不利益取扱いをせんとの意図があつたとは認められない。従つて、本件転任処分は前記法条には該当しないし、本件措置要求が本来あるべき組合活動の姿を具現したものであるかどうかにかかわらず、本件転任処分が地公法五六条に違反するとはいえない。

以上の説示に反する原告の主張は採用できない。

(四)、よつて、本件転任処分は違法とは認められないから、原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武 戸塚正二 林道春)

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